譜面台のある風景

「2人バイオリンのお稽古をしよう。ビバルディをやろう」
「よし、やろう」
ということで私は支度を始めた。まずは譜面台をセット。その上に楽譜を広げる。弓に松脂をぬる。それからチューナーで音合わせ。いつもの手順だ。

その様子を眺めながら、母は嬉しそうに
「いい風景ね」
と呟いた。
・・・なんのこと?
問い返すと、こんな言葉が返ってきた。

「譜面台のある風景っていいと思わない? これから音楽が始まりますよ! っていう風景。譜面台に楽譜が開いてある、この風景はね、私が元気でいる印なの!」

母の部屋には、というか母の人生にはずーっと譜面台が立っていた。子供の頃から60年以上もの間ずーっと。譜面台の上には、バッハ、モーツァルト、ブラームス、ベートーヴェン、ドヴォルザーク、クライスラー…無数の名曲が広げられていた。

病気になってバイオリンが弾けなくなって、母の譜面台は片付けられてしまった。楽譜は閉じられてしまった。「譜面台のない風景」での生活。それはどんなに寂しかったことだろう。

だけど今は、部屋に譜面台が立っている。譜面台の上にはビバルディの楽譜が広げられている。

しかも、でかい。
こんなにも、でかい。

母が読みやすいように、楽譜をぎりぎり(A3)まで拡大している。おかげでバランスが悪くてたまに倒れる。

母は言った。
「譜面台のある風景を見るとね、『私は元気、まだ大丈夫』って思えるの」
それなら私の仕事は、この譜面台をできるだけ長く立てておくことだ。できるだけたくさんの楽譜を広げていくことだ。それが私のするべき介護だと思った。

さあ、今日も2人でバイオリンを弾こう。ビバルディを弾こう!

本日の猫写真。

「遊ぶ?遊ぶ?」
トンネルの向こうから誘ってくるサンジ君。
ごめん、シシィに相手してもらって…。